サン・フラワー生活:福寿を目指し

サンフラワー苑の
理想・ひとびとへの思いを
形にしたサン・フラワー苑
-福寿を目指して―

島根県立大学 名誉教授
藤原 眞砂

 サン・フラワー苑は福寿を実現するために、建物から立地に至るまで創設者(理事長)の思いが詰まっている。今後の社会の行く末を見定めている。哲学とも言えるもの,思いは後に記すとして、まずは建物の形を紹介しておく。

1. サン・フラワー苑のアーキテクチャー

 建物に足を踏み入れたものは、まずは幅5m、長さ100m近くの廊下が貫いていることに驚く。その両側には居室の木製のスライドドアが20余り並んでいる。ドアの幅は1.3mである。車椅子(0.6m幅)の2倍の幅であり余裕をもって出入りできる。一人用の居室は奥行7.4m、25㎡(15畳)あり、二人用は奥行10.6m、36㎡(22畳)あり、広々としている。室内には台所、トイレ、シャワーがある。洋服ダンス、窓際には床面から収納棚(68cmの高さ、部屋の幅と同じ3.4m)が備えられている。棚の上は便利な天板となっている。ベッドをはじめ自分の使い慣れた家具が持ち込める。

2. 日常生活-食事から運動、人々とのふれあい

 サン・フラワー苑での日常生活を記す。朝、昼、夕の食事、お昼のおやつ時には部屋の住人たちが居室から出て、廊下の中ほどに位置している食堂、オープンスペースに集まる。食事に不自由な方はヘルパーが介助をする。食事は人々の大事な楽しみの一つである。食堂は隣人との日常の社交の場である。定時の食事時間は生活にリズムを創り出している。
 サン・フラワー苑には独自の厨房があり、100人以上の食事を賄っている。栄養士が健康度に応じた食事も用意している。食事専用のエレベータを用い、各階の食堂に運ばれ、入居者に届けられる。お料理は手間や人手がかかるため、外部のケータリングサービスを利用する施設が多いが、サン・フラワー苑は美味と各人の健康度にあわせるべくあくまでも手作りである。
 食後、余暇の時には、人々は長い廊下を歩行器、車椅子、足で歩いて、日々の運動の場としている。人の手を借りることもない。躓くことのない広々とした空間は機能訓練の場となっている。気品のある色調のフロアタイルは気持ちを和ませる。

3. 適性な規模の新たなコミュニティ

 居住者たちはサン・フラワー苑が運営している1階のデイ・ケアサービス(その有用性は後に記す)に通い、週に数回、他の階の居住者とも触れ合う。また、そのほか四季折々のイベントにも人々が集まる機会がある。人々の触れ合い、社交の場は多い。
 日常生活で援助をするヘルパー、デイ・ケアサービスなどのスタッフ、事務員などが、入居者の支援にあたる。職員も含めれば100数十人にもなる大世帯である。50人にも満たない小規模な施設が大半であるが、そこでは社会的空間が濃密すぎる弊害もある。サン・フラワー苑はお互いが良い距離を確保出来る開放的で適正な規模のコミュニティを形作っていると言える。

4. デイ・ケアサービスについて―その意義について―

 私事を記そう。わたしには96歳の母がいる。父はもう30年前に亡くなっている。兄夫婦もすでに子供が巣立ち、3人暮らしである。近所のご主人たちは早く亡くなり、奥様たちが残っている。親戚の者も代が変わっている。母は祖父の代から町内会、社協のしごとに関わって社会との関りを持っていた。しかし、それらも降りて、家に居る時間が多くなった。同居とは言え、家の中の会話も多くはない。電話を通しての私との話も、補聴器が上手く機能しなくて、意思の疎通が十分とは言えなくなっていた。鬱で認知も衰えるのではないか、と危惧した。
 その彼女を救い出してくれたのは近所のお医者さんであつた。長年、何かとお世話になって来た。先生は自分が経営し始めたデイ・ケアサービスに来ないかと声をかけて下さった。自宅に朝迎えに来るようになったバスに乗って週三日通い始めた。お昼の食事をいただいて、お風呂に入れてもらう。塗り絵、計算練習も始めた。実家に母を訪ねると、塗り絵作品、計算の点数の戦果を見せてくれるようになった。お食事も美味しくて、楽しいようであった。また足が自由なので、ヘルパーさん、看護婦さんの手助けをして、お仲間のお世話もするようなった。母はすっかりデイ・ケアサービスを気に入り、生活の拠点になった。週3日を5日にするようになった。80歳代後半にデイ・ケアサービスに通い始めてすでに8年ほどになる。最近では、母は若返ったようである。前向きで、活発になった。家に閉塞しがちな高齢者が、家を出て人との関わりを持つ事の大切さを母の成長を通して痛感している。塗り絵は枠の中に色を塗り、綺麗に色を付け、また配色も考えるという知的刺激に満ちた作業である。また単純な計算を繰り返すことも根気のいる作業である。同時代のお仲間との語りあい、歌唱もする。大事な生活の場面である。デイ・ケアサービスの生活は母を蘇らせた。

5. 新たな人生、コミュニティでづくり
―人生再設計のタイミングを逃さず―

 サン・フラワー苑での食事、デイ・ケアサービス、イベント、お仲間、ヘルパー、介護士、ケアマネージャー、職員との生活は、入居者にとって大いに刺激である。老後の鬱、認知機能の低下を救っていると見なせる。
 繰り返すが、サン・フラワー苑の大きな建物は適性な規模のコミュニティ(社会空間)を包み込むために必要なものである。また大きな居室、廊下は快適な居住空間、運動空間のためのものであった。認知機能と体の運動機能の賦活に必要な環境である。創設者はこれらを見込んでいた。
 人口高齢化で産業も商業も衰退し、空き家も増えている。その中で、人々は住み慣れた家に愛着し、老後を生き抜こうとしている。しかし、高齢になるほどわれわれは社会や家庭での役割を減らして、家に閉塞しがちになる。これに何とか対処しなければならない。そのためには地域のデイ・ケアサービスに通い、心身の機能を維持し、社会性の確保を心がけなければならない。また心身の機能の衰退を他者の介護サービスによりカバーせざるを得なくなった段階では、私たちは人工的なコミュニティ(出来ればサン・フラワー苑のような施設)を利用することが必要となる。
 われわれは高齢化の困難(縮退する人生 心身の機能低下、現役からの離脱)を克服するために、明晰な高齢の初期に合理的な判断を下すべきなのかもしれない。ちなみに、経済成長期に大きく作った街や地域、家を護るために、縮退化する社会を救うためにコンパクトシティを模索している先験的な自治体もある。

6. 苑の創り込みはこれから

 今後、高齢化で介護人材の確保が難しくなる。サン・フラワー苑は独自に人材の養成も企画している。他方で理事長は介護者の手助けになる各種の機器、ロボット(入浴介助、ベッド移動を助けるパワースーツ、歩行器、排泄処理の機器、掃除等)の現場への導入も不可欠と見ている。居室、廊下の広さの確保はそのような介護機器の導入も見据えたものであった。 機器は介護者の手助けだけではなく、パートナーが相方の介護(共助)に使えるものでなくてはならいないとの考えである。

7. 福寿の祈りの場であるサン・フラワー苑

 われわれは一生懸命努力して長命を手に入れてきた。これからは健康寿命を長くし、幸せな福寿を目指すべきだとの理念を理事長はお持ちである。サン・フラワー苑のお仲間は、同室のパートナーのみならず、苑内の他者(同時代の仲間)を思いやり、助け合う共助のコミュニテイの一員として相互の人生を賦活し福寿を目指すべきである。
 サン・フラワー苑は最高の風水の地に立地している。松江の霊峰枕木山の丘に拡がる空間(龍穴の地)に拡がっている。中海、大山の壮大な自然景観を擁している。また苑庭にはフェニックスパワーガーデンを開設し、人々の福寿を祈っている。
 福寿を実現するために屋内から立地に至るまで周到に形作られたアーキテクチャーがサン・フラワー苑なのである。
(この稿は筆者がサン・フラワー苑理事長との対話をもとに作成したものである。)